シティ・モビリティ

研究施設か、それとも未来都市か
~2025年9月25日に街びらきを迎えたウーブンシティの可能性~

上級研究員 福嶋 一太

1. ウーブンシティの概要

ウーブンシティ(Toyota Woven City)は、トヨタ自動車が静岡県裾野市の旧トヨタ東富士工場跡地(敷地面積約47,000㎡)で建設を進めている実証都市である。2025年9月25日にオフィシャルローンチ(街びらき)が実施され、企業・個人によるサービス実証と住民の居住が始まった。当初居住者はトヨタ関係者とその家族など約300人程度だが、2026年度以降に予定されている一般居住者の受け入れ等により、将来的な居住者を2,000人規模まで広げる構想を描いている。
 トヨタが掲げる理念は「Living Laboratory(生活実験都市)」。自動運転やロボティクス、人工知能、スマートホーム、水素エネルギーといった先端技術を、人々が実際に暮らす都市空間で検証していくことを狙いとしている。要は「研究所」ではなく「街」の中で実証する点に独自性がある。
 現在は、三種道路ネットワーク(歩行者専用・モビリティ共用・車両専用)の整備や、自動運転車両「e-Pallet」を使った移動や物流の実証、水素ステーションによるエネルギー供給などが進んでいる。これに加えて、在宅医療モニタリングや生活支援ロボット、ラストワンマイル配送ロボットなどの導入も予定されており、生活に密着したサービスが徐々に形を現してきている。

【図表】ウーブンシティの様子

(出典)トヨタ自動車(株)ホームページより

2. 強みと課題

ウーブンシティの強みは明快だ。世界的メーカーであるトヨタが資金と技術を背景に進めていること。そして、都市に人が住むことで「生活に根ざしたデータ」を集められる点にある。実験室のシミュレーションでは得られない情報が集まることは、大きな価値といえる。
 ただし、課題も目につく。居住者はトヨタ関係者や研究参加者に限られるため「閉じた都市」となる可能性がある。さらに、巨額の投資をどのように回収していくのかは見えにくい。海外の事例に見られるように、理念だけで進める都市開発が頓挫する可能性も否めない。
 とはいえ、こうした課題は同時に「挑戦のテーマ」でもある。強みと弱みをただ並べて評価するよりも、「生活者」「産業」「政策」という三つの視点からどう克服していくかを見ていくほうが、都市の成熟を考えるうえでは建設的だろう。

3. 今後の論点

まず生活者の視点である。ウーブンシティは研究施設ではなく、人が暮らす場である以上、日々の体験が社会に発信されることが重要だ。もし生活のリアリティが伴わなければ、実証成果は机上の理論にとどまってしまう。
 次に産業の視点。都市内で巨額投資の全てを回収することはあまり期待できない以上、トヨタが目指すのは実証成果を外部市場へ展開することにある。自動運転やロボティクス、エネルギーマネジメントの実装を商品やサービスに結びつけること、さらには参画企業との共同研究や「未来都市ブランド」の発信によって投資回収を図ると考えられる。
 最後に政策と地域の視点。ウーブンシティは裾野市や静岡県にとって地域振興の目玉であると同時に、グローバルな展開が期待される、国を代表する未来都市政策のショーケースでもある。単なるトヨタの実験に終わるのか、それとも国家戦略として世界に発信できるのか、評価はそこにかかっている。

4. 海外事例との比較

海外にも「未来都市」を掲げた試みは数多いが、その成果は一様ではない。
 アブダビの「マスダール・シティ」は世界初のゼロカーボン都市を目指して2006年に始動した。最新技術をふんだんに盛り込んだが、現地施工能力を超えた設計や資材高騰に直面し、当初の構想は縮小・延期を余儀なくされた。ショーケースとしての意味合いが強く、理念は先進的であっても持続性に乏しかったとされる。
 韓国・仁川の「ソンド国際都市」もICTを前面に打ち出したが、首都ソウルからの距離や国際競争力の不足に加え、生活基盤の設計に問題を抱えた。整備された公共空間が必ずしも使いやすい形ではなく、大規模道路に分断された街区は歩行や交流を阻害した。そのため住民の定着は進まず、人口やオフィス需要の伸び悩みにつながったと指摘される。

これに対しウーブンシティは、規模を限定した「ラボ都市」として段階的に進める点が対照的だ。マスダールのように理想を過剰に掲げることなく、またソンドのように完成都市を一気に整備するのでもなく、小さく始めて広げていく。理念先行でつまずいた海外事例に比べ、現実的な設計になっている点が強みだろう。

5. まとめ

ウーブンシティは「ラボ」と「街」という二つの顔を持つ。技術実証の場であると同時に、人が暮らす場であるからこそ成果に社会性が宿る。今後は、生活者のリアリティ、収益構造の明確化、そして政策・地域への波及効果が焦点となる。海外事例が示すとおり、理念だけでは都市は続かない。ウーブンシティが「実験都市」を超え、「日本発の未来都市モデル」として世界に発信できるかどうか、注目していく必要があるだろう。

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