シティ・モビリティ

ご当地Suicaは何を変えるのか
~将来はおこめ券の代わりになる可能性~

上級研究員 福嶋 一太

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1.ご当地Suicaの概要

JR東日本は2025年12月、Suicaを「移動のデバイス」から「生活のデバイス」に変える10年構想である「Suica Renaissance 」の第3弾 として、「ご当地Suica」の具体的な構想を発表した1
 このご当地Suicaは、単に「地域名が入ったデザイン」ではない。鉄道の改札を通るためのICカードという従来の役割を超え、地域内における様々な決済に加え、行政サービスなどを一つのデバイスに集約するものである。将来の全国展開を視野に入れ、今回初めて2027年春に群馬県と宮城県で先行導入することが発表された。

具体的に見ると、モビリティ分野では、居住地や年齢などの属性に応じた交通助成の自動適用、デマンド交通やシェアサイクルを含む地域独自の交通手段のリアルタイム経路検索と予約、公共ライドシェアなどの地域モビリティの実装支援を行う。Suicaの移動データを活用し、地域全体の交通の使われ方を可視化し、運行計画の最適化につなげる構想も盛り込まれている。
 さらに注目すべきはモビリティ以外である。モバイルSuicaとマイナンバーカードを連携させることで、 給付金申請・受け取り、子育て関連手続き、自治体からの通知、公共施設や医療機関の受付、防災時の避難所管理など、行政・生活サービスとの連動が視野に入る。

【図表】ご当地Suicaの概要

(出典)JR東日本ホームページ

今後は2026年秋スタートが予定されているSuicaに新たなコード決済「teppay」との連携により、地域限定バリューや地域クーポンの発行など、地域内の消費循環を促す仕組みも組み込まれる予定だ。

地域の鉄道利用だけでなく、駅周辺の商業施設、観光施設、イベント、さらに自治体のサービスとも連動し、地域でお金を使うほどデータと価値が地域側に蓄積される仕組みを志向している点が重要である。従来の観光MaaS(Mobility as a service)やポイント施策は、移動や消費を「便利にする」ことに主眼が置かれてきたが、ご当地Suicaが目指すのは、地域経済におけるお金の流れとデータの流れそのものを可視化し、それを利用してブラッシュアップしていくところにある。

2.非鉄道分野の拡大とSuicaの再定義

ご当地Suica導入の背景の一つは、JR東日本の非鉄道分野の本格的な拡大である。鉄道輸送を基盤としながらも、駅ナカ・駅周辺の商業、不動産、決済、データ活用といった分野を中核事業として育てていく方針は、すでに中期経営計画でも明確に打ち出されている。人口減少と移動需要の中長期的な伸び悩みを見据えれば、鉄道単体の収益構造に依存し続けることは難しい。Suicaはその非鉄事業群を束ねる「共通の入り口」として、今後ますます重要な位置を占める。ご当地Suicaは、こうした非鉄事業拡張の文脈の中で、地域と結びついた決済・データ基盤をつくるための装置といえる。

同時に、もう一つの軸として整理すべきなのが、Suicaが決済手段として置かれている環境の変化である。地方部では、すでにVISAタッチなどのクレジットカードのタッチ決済が急速に広がっており、交通利用や日常決済において「必ずしもSuicaでなくても困らない」状況が生まれつつある。特にインバウンド対応や、小規模交通事業者にとっての導入コストの低さを背景に、クレジットカードのタッチ決済が先行する地域も増えている。これはSuicaの「全国共通インフラ」としての相対的な存在感が、地方から薄れていく兆しとも読める。ご当地Suicaは、こうした流れを食い止め、地域ごとにSuicaを「もう一度使う理由」を再定義しようとする試みと捉えることもできる。

3.自治体によるデータ利活用の可能性

一方、JR東日本の非鉄分野の拡充を進める戦略により、自治体が「地域の日常の消費データ」を実態に即したかたちで捉え直す手段となっている点も重要である。例えば、観光客が「何人来たか」ではなく、「どこで、どの時間帯に、どの程度の消費が生まれているのか」といった動きが可視化されれば、さらなる消費喚起に向けた政策判断につなげることができるからだ。これは「関係人口づくり」といった抽象的な概念とは異なるものだ。また、観光、商業、交通、福祉、防災といった分野は、これまで個別に議論されがちだったが、決済と移動のデータがつながることで、横断的に地域経済を把握するための基盤が整っていく。

もっとも、ご当地Suicaはすぐに実現するわけではない。 データの利活用には個人情報の取り扱いや合意形成の問題が伴うし、事業者側のシステム改修や自治体側の分析体制整備も不可欠である。将来的には、ウォークスルー改札やGPS連動などによって、交通と生活行動がより密接に結びつく可能性も考えられるが、その実装のハードルは決して低くない。

4.将来はおこめ券の代わりを担う可能性も

このように、ご当地Suicaは、実装までに様々な課題が残るものの、単なるご当地企画でもSuicaのテコ入れ策に留まらず、非鉄道事業の中核に決済とデータを据え、地域経済の見え方そのものを変えようとする試みと位置づけることができよう。これまでの地域活性化では、アナログ型の地域振興券では発行した地点で終わりがちであったが、今後は使われ方を詳細に追跡することで、その効果の可視化が問われている。 2025年度の物価高対策の一つとして検討されている「おこめ券」のような地域経済振興策において、ご当地Suicaは今後の代替手段の一つとなりえる可能性があろう。そういう意味においても、ご当地Suicaは地域の新しいインフラの一つになりうるもので、今後もその動向を注視していく必要があるだろう。


【参考画像】台東区で発行された「おこめ券」

2025年10月から物価高対策の一環として台東区で独自に発行されているおこめ券の実物(440円×10枚)で、SOMPOインスティチュート・プラス撮影。

今回の台東区の仕組みでは米販売店だけでなくコンビニなどの一般的な小売店や商業施設で利用可能なので、物価高対策として一定の効果が期待できるとされる。国は2025年度の補正予算で、この台東区のおこめ券を自治体の物価高対策メニューの一つと想定している。

一方、額面440円で発行に60円のコストがかかっていることに加えて、案内状やおこめ券の送付、小売店の換金などでコストがかかっている。今回のご当地Suicaのようなマイナンバーカードと連携したデジタル給付形式であれば、それらのコストは圧縮できると考えられる。


  • 第一弾はタッチせずに改札を通過する「ウォークスルー改札」について、上越新幹線の新潟駅と長岡駅に顔認証技術を用いた実証実験(2025年11月6日から2026年3月31日まで)の開始、第二弾は新たなコード決済サービス「teppay」の2026年秋からの導入こちらは過去のレポート参照

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