シティ・モビリティ

「住んでいない住民」が地域を変える~新制度「ふるさと住民登録制度」の衝撃と可能性

上級研究員 福嶋 一太

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いま、日本の地域政策に大きな転換点が訪れようとしている。「ふるさと住民登録制度」―それは住んでいないのに住民として認める新たな制度である。都市部に暮らしながら、故郷や関心のある地域と関わるこの仕組みは、「関係人口」という概念の制度化にほかならない。2025年6月、政府は「ふるさと住民登録制度」の創設を正式表明し、10年で1,000万人、将来的には1億人規模の登録を目指すとした。少子高齢化、財政危機、地域の担い手不足が深刻化するなか、「住んでいない住民」を制度的に迎え入れるこの制度がもたらす社会的インパクトは大きい。本稿では、この制度について考察する。

制度概要と政策的狙い

ふるさと住民登録制度は、実際に居住していなくても、任意で住民として登録できる仕組みである(【図表1】)。登録者は、地域の広報誌やイベント情報の受信、公共施設の住民価格での利用といった“地域への関与のきっかけ”を得る。さらに政府は、住民税の一部を希望する自治体へ分割納税する仕組みや、地域の意思決定への参加まで視野に入れている。

【図表1】ふるさと住民登録制度の概要

(出典)総務省ホームページ

本制度の政策的狙いは明確で、定住人口に代わる地域の担い手を拡大することで、地域経済の活性化をはかるこことだ。従来、地域の担い手の拡大を狙った「関係人口」政策や、地域経済活性化に向けた財源確保や地域産業活性化を狙った「ふるさと納税」といった政策が先行してきたが、いずれも制度的に不十分だった。
 ふるさと納税は、都市住民による地方支援の成功モデルとして評価されてきたが、その多くは返礼品目当ての一過性の寄付にとどまることが多いため、地域との継続的な関係構築が難しい側面もある。加えて、納税額が地方に流れる一方で、都市部の自治体の税 収減が無視できないほどに大きくなっているという課題が顕在化しつつある1
 また、関係人口関連施策もやや曲がり角に来ている。観光などで興味・関係をもった人がいたとしても、その後に移住者となってもらうことは容易でないからだ。移住者を増やしたい地域にとって、手ごたえ感の少ない政策となりつつある。

今回の制度化は、そうした「善意の寄付」や「一時的な関わり」を越えて、都市と地方を恒常的につなぐ制度インフラを構築するものといえる(【図表2】)。

制度創設の背景と課題

ふるさと住民登録制度は、単なる地域政策にとどまらない。国が想定する「ふるさと住民1億人」構想は、国民一人ひとりの地域とのつながり方を問い直し、従来の「住んでいる=住民」という固定観念を崩す新たな暮らしの形を提案する制度である。たとえば、複数の地域に生活的・感情的な拠点を持つこと、週末だけ別地域でボランティアに参加すること、あるいはオンラインで地元のまちづくりに関与することも地域との関わりとして制度的に認められるようになる。
 背景にあるのは、人口減少に伴うコミュニティ機能の空洞化だ。ほとんどの自治体にとって少子高齢化に伴う自然減少が避けられない中、それを移住で補うというのはあまり現実的でなく、都市に住みながら地域に貢献する「第3の選択肢」を制度化することが急務とされている。折しも、テレワークや副業・兼業の普及など、ここ数年で人々のライフスタイルが変化している。政府はこの流れを受け、「都市と地方の支え合い」を制度に落とし込もうとしている。

一方で、具体的な制度設計には課題が残る。特に、選挙・行政への関与可否は大きな議論となろう。ふるさと納税では、住んでいない人が納税分の使い方を指定できるものの、かなり緩やかな関与に留まっている。新制度次第では、地域運営に「住んでいない住民」が大きな影響力を持つことになり、「住んでいる住民」との摩擦を生まないだろうか。

おわりに

ふるさと住民登録制度は単なるファンクラブではない。地域へのより積極的な関わり方を制度として認めることで、地域を「一方的に支援される対象」から、「共に支える場」へと転換する可能性がある。
 この制度を通じて、地域はより開かれた社会となり、副業・兼業やオンライン活動などを通じて、地域外からの人材・知恵・資金が流れ込み、地域経済に新たな循環が生まれる。これは、日本の地域政策の基盤そのものを塗り替える可能性を秘めている。
 ふるさと住民登録制度は、都市にいながら地方を支えるという新しい国民の関わり方を制度として描く画期的な試みである。課題は多いが、それ以上に、「地域の支え手とはだれなのか」を問い直すこの制度は、日本社会の構造的課題に対する強力な突破口となり得るだろう。
 これからの制度設計と運用次第で、単なるスローガンに終わるか、本物の変革になるかが決まる。「ふるさと住民」という新たな住民像が、日本の未来を支える柱になれるかどうか─その議論と成否には着目する必要があるだろう。

【図表2】ふるさと納税、関係人口、ふるさと住民登録制度の比較

(出典)各種資料より当社作成

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