シティ・モビリティ

日本版CCRC2.0の特徴と課題
~西鉄久留米の高齢者事業から考える~

上級研究員 福嶋 一太

1.「地方創生2.0」に登場する「日本版CCRC2.0」

2024年、石破内閣が打ち出した「地方創生2.0」は、単なる地方の活性化政策ではなく、人と人の関係性や地域の暮らしの持続性に重点を置いた戦略へと転換した。その実現に向けた「地方創生2.0基本構想(案)」(2025年6月公表予定)の中で示された政策の一つが「生涯活躍のまち(日本版CCRC)2.0」(以下、日本版CCRC2.0)である。本稿では、福岡県久留米市における西日本鉄道(株)の取り組みを題材に、日本版CCRC2.0の特徴と課題を考察する。

2.日本版CCRC2.0に至る背景とその特徴

CCRC(Continuing Care Retirement Community)は、元々米国で発展した概念で、アクティブな高齢者が自立した生活を維持しつつ、将来的な介護ニーズにも対応できるよう設計されたモデルである。日本では2015年に「生涯活躍のまち構想」として日本版CCRCが導入された。
※日本版CCRCについては、「人を呼び込む地域づくりとはなにか~日本版CCRCを再考する~」もご参照ください。
 この日本版CCRCは、主に東京圏をはじめとする大都市在住の元気な高齢者に対して地方移住を促し、移住先の地域において健康で活躍できる暮らしを送ってもらうことを想定していた。地方創生の枠組みで始められたという背景もあり、日本版CCRCは東京一極集中是正を強く意識したものともいえよう。そして、自治体は、医療・介護施設の整備や移住支援制度を組み合わせ、モデル地区の形成を進めていった。
 しかし、この日本版CCRCは、東京圏をはじめとする大都市圏の高齢者が抱く、住み慣れた地域から離れることに対する不安を解消できなかった。また、高齢者の居住施設でコミュニティが完結してしまい、施設居住者と地域コミュニティとの接点が乏しいことや、継続して事業運営を行うことができる民間業者が不在といった課題があった。この点を踏まえ、日本版CCRCは、地域を担う存在として高齢者を位置付け、地域コミュニティの活性化を目指す「全世代・全員活躍型『生涯活躍のまち』」へと、2020年度から変更された。
 このように、日本版CCRCは東京圏などの大都市から地方への高齢者の移住政策から、多世代が参加する地域コミュニティへの関わりを通じて、住み慣れた地域で老後を過ごせるよう政策が変遷していることがわかる。

今回発表された地方創生2.0で示された日本版CCRC2.0は、この全世代・全員活躍型「生涯活躍のまち」を深化させたもので、特徴として2点挙げることができるだろう。
 1点目は、地域コミュニティとつながる多世代交流拠点の整備である。この施設を用いて、若者、子育て世帯、高齢者などによる「ごちゃまぜ」コミュニティが形成されることが期待される。
 2点目は企業中心である。日本版CCRCでは移住を伴うため行政が主導となり移住政策を進めるケースが多かったが、日本版CCRC2.0では企業が中心となり、事業の推進が期待されている。

3.西鉄久留米モデルに見る、企業による高齢者施設とまちづくり

企業が日本版CCRC2.0でどのような役割を期待されているのであろうか。ここで、医療・介護・交通・住まいといった多様な分野にまたがって事業を展開している、西日本鉄道(株)(以下「西鉄」)が久留米市の事業を例として考えてみたい。
 西鉄が久留米市で展開する「サンカルナ久留米」シリーズは、アクティブシニア向け分譲住宅と、介護・医療機能を併設した、サービス付き高齢者向け住宅である。2020年に開設されたこの施設は、14階建てで約300室、入居定員は最大で約570名に上る。

このサンカルナ久留米では、住民との交流イベントや地域団体との連携活動が行われている。施設が地域に開かれており、多世代交流を通じて地域とのつながりを持ち続けられる環境設計になっている
 また、サンカルナ久留米の医療・介護体制では、人口10万人あたり医療機関数・医師数ともに全国トップである久留米市と連携体制が構築されている。さらに、施設から徒歩圏内に、重篤な救急患者の医療を担う聖マリア病院や久留米大学病院がある(【図表】参照)。
 一方、施設周辺の生活環境をみると、サンカルナ久留米からバスで7分という近さにある、久留米市屈指の都心といえる西鉄久留米駅エリアが注目される。西鉄は2022年~2024年にかけてバスと鉄道の拠点でもある西鉄久留米駅ビルをリニューアルし、それに伴い商業施設の名称やテナントを刷新した。また、駅ビル周辺では、バリアフリー整備や歩道の拡張が進められており、駅から施設、医療機関、商業施設を結ぶ「回遊性のある都市空間」として、それぞれを利用する若者、子育て世帯、高齢者などが集う拠点となっている。

【図表】サンカルナ久留米周辺図

(出典)サンカルナ久留米ホームページ

デジタル面では、西鉄グループが展開するICカード「nimoca」もサンカルナ久留米と商圏を接続するカギになっている。nimocaは公共交通の利用やレイリア久留米での利用のほか、施設出入りの認証に利用されている。こうしたICカード連携は、高齢者の移動と生活を支える「鍵」となっており、生活基盤の形成に寄与している。モビリティ支援や、地域との交流イベントの開催により、施設が地域にひらかれた「共生の場」として機能している点も注目される。

このように、高齢者がその地域と関係を持ちながら暮らすためには、地域の医療資源だけではなく、コミュニティ・中心市街地の活性化や中心地への交通アクセスといった点が重要だ。本事例では、鉄道網・バス網だけではなく、都市開発やサービス付き高齢者向け住宅事業、ICカード事業といった「非公共交通事業」との組み合わせの有効性を見て取ることができる。今後、日本版CCRC2.0が推進される中で、鉄道事業者の果たす役割は大きくなる可能性がある。

4.多世代交流や企業主体のための地域の条件

企業が「ごちゃまぜ」コミュニティで持続可能なビジネスモデルを作るためには、今回取り上げた久留米市のような地域特性が大きな条件となろう。まず、多世代交流のためには、若者や子育て世帯が多く住んでいることが必要だ。次に、医療資源が集積し、交通インフラが整った地域も望ましい。久留米市は、地域経済の中心である福岡市の郊外に立地し、福岡県内で3番目に多い30万人の人口を抱えており、条件は整っている。福岡経済圏では今後高齢者の増加が見込まれており、久留米市においてそれを受け入れる余地は大きいであろう。
 一方、日本版CCRC2.0では、大都市圏に立地せず、人口の少ない地方での展開も想定されている。それらの地域では、久留米市より斬新なビジネスモデルが望まれよう。

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