シティ・モビリティ

teppayの導入に見る交通系ICの役割の再定義
~普及進むタッチ決済を巡る首都圏での戦いは次のラウンドへ~

上級研究員 福嶋 一太

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1.teppayの概要

JR東日本とPASMO協議会は、2026年秋から、モバイルSuica・モバイルPASMOのアプリ内で利用できる新しいコード決済「teppay(テッペイ)」の提供を開始する。交通系ICカードの利用基盤を生かしつつ、日常の支払いまでを担う多機能型決済へと発展させる動きであり、SuicaやPASMOの性格そのものを再定義する試みと言える。今回の発表は、首都圏の決済環境が大きな転換点にあることを示す象徴的な事例として注目される。

(1)高額決済に対応

teppayは、既存のアプリにコード決済機能を追加し、店舗で掲示されたQRコードを読み取るだけで支払えるようにする仕組みだ。利用者は新しいアプリを追加する必要はなく、日常的に使い慣れたSuica/PASMOをそのまま使える点が特徴である。決済上限は従来の交通系ICの2万円を超えて設定でき、SmartCode加盟店(全国160万店超)でも利用可能になる。また、アプリ間での残高送付や、teppay残高をSuica/PASMOの交通系ICへチャージする機能、オンライン決済に利用できる「teppay JCBプリカ」の発行、自治体のプレミアム商品券等に使える「地域限定バリュー」の取り扱いも予定されている。今回発表されたこれらの機能は、Suica/PASMOを「改札専用」のカードから「生活全体を支える決済基盤」へ広げるための再設計といえる。

(2)JR東日本の思惑

この背景には、生活者の決済行動に関するニーズがある。交通系ICの雄であるJR東日本が一都三県(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県)で実施した調査では、生活者の約9割が「決済手段の乱立にストレスを感じる」と回答し、約8割弱が決済手段を馴染みのブランド・サービスにまとめたいと回答している。また、Suica/PASMOの所有率は84.3%と極めて高く、所有者の8割以上がSuica/PASMOに対して馴染みや安心感を抱いている。つまり、Suica/PASMO決済とクレジットカード決済やコード決済を併用していて、それをまとめたいというニーズが高いのだ。teppayはまさにこのニーズに応えるかたちで設計されている。
 一方で、Suica/PASMOはここ数年、街ナカの決済領域で存在感を後退させていた。QR決済が急拡大し、中小店舗ではPayPayを中心とするコード決済が急速に普及した。また、インバウンドの増加に伴い、国際標準で利用できるVISAタッチなどの非接触クレジット決済が採用され、改札においても「国際対応」が求められるようになった。さらに、Suica/PASMOには運賃支払いをメインとする交通系ICの仕様上、2万円の残高上限があり、それ以上の価格帯の購買を扱いにくい。結果として、Suica/PASMOは「改札に強く、街ナカに弱い」状態になり、JR東日本が求める「移動と購買のデータ統合」という戦略が機能しにくくなっていた。

こうした課題に対して、JR東日本は中長期ビジネス成長戦略「Beyond the Border」で、自ら主導するSuicaを移動だけでなく生活サービスのプラットフォームとして再構築する「Suica Renaissance」を掲げた。今回のteppayは、その戦略に基づくものだ。Suicaで移動データを、teppayで購買データを取得し、駅ナカ・街ナカ・オンラインを一つのIDに結びなおすことで、鉄道事業と生活サービスの両面から都市サービスを再編する狙いがある

2.タッチ決済とteppayの二兎を追う私鉄の思惑

他方、私鉄はクレジットカードによるタッチ決済を2026年春以降に導入することを2025年10月29日に発表した。タッチ決済は、訪日客がもつクレジットカードで改札を通ることができる利便性を重視した取り組みであり、国際標準への適応を目的としている。
 実は、Suica/PASMOとクレジットカードは駅周辺の購買領域において競合関係にある。駅近の飲食店やコンビニでは、クレジットカードの後払い性や国際規格の利便性が強みとなるケースも少なくないため、前述のSuica/teppayは「日常の支払いを一つにまとめたい生活者」の支持を得られるかが鍵になる。
 しかし、私鉄がteppayに参入する理由はタッチ決済同様に国際標準への適応にある。自前のアプリで決済基盤を育てるより、既に普及しているSuica/PASMOと連携したほうが効率は良い。そのうえ、タッチ決済とteppayを両方扱うことで、国内利用者と訪日客の双方に対応しやすくなる。その意味では、私鉄側は競合の調整者としての立場を取りつつ、利用者層を広げることを狙っている。

3.まとめ

今後の都市決済は、交通(Suica決済/タッチ決済)、小規模店舗(QR決済)、中〜高額決済(クレジットカード決済)という多層構造が前提になる。しかし、利用者の心理は「シンプルなほうが良い」に収れんしつつあり、決済の集約と統合が次のテーマになる。teppayは、こうした方向性をいち早く取り込んだ取り組みといえる。
 JR東日本の勝ち筋は、Suicaを都市生活の入り口として位置づけ続けることである。改札という強固な接点を基盤に、駅ナカ商業、街ナカ決済、地域サービス、オンラインサービスを一つのIDに連動させることができれば、交通事業を超えて都市生活全体のインフラを握ることになる。決済事業者やカード会社には持ち得ない「移動のデータ」を軸に、まちづくりとサービス展開を統合できる点はJR東日本の独自性であり、そのポジションを維持するうえでteppayは重要な役割を果たす。
 今回の発表は、表面的には「SuicaとPASMOがコード決済に対応した」というニュースに見える。しかし実際には、都市における交通と決済、そして生活サービスの結びつきが再編されつつあることを示している。日常の移動と購買を一つのアプリにまとめるという選択が、今後の都市サービスのあり方を大きく変える可能性がある。teppayはその動きの端緒として位置づけられるものであり、今後その動向を注視する必要がある。

【図表】teppayの画面イメージ

(出典)JR東日本ホームページ

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